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山の風景(その5)
今日は私の家の裏山についてお話します。この山にも子供の頃からずっと親しんできました。この山の風景の変化を何気なく観ることによって、無意識のうちに季節の移り変わりを感じていたような気がします。春の淡い緑色、真夏の熟した緑色、秋の紅葉、冬の雪景色・・・。日本という国は四季の変化に富んでいるということで、外国の人たちから羨ましがられているという話を良く耳にするのですが、小さな頃からこれが当たり前と思っている、私たち日本人にとってはあまりピンと来ないのが現状なのでしょう。私たちはこの事実を改めて再認識す... ...続きを見る

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2006/10/09 20:38
山の風景(その4)
山の風景に親しみを感じるのは山に囲まれた場所で育ったことが、その一因であるとお話しましたが、私の御先祖様たちが山の中で暮らしてきたということも関係しているのではないかと思うのです。つまり自分が受け継いでいる血が山での暮らしを憶えているのではないかということです。ご先祖様は代々長野県の戸隠という山奥で暮らしてきました。ちなみに私の名字は珍しく、同じそれを持つ人と出遭ったことは今までにないのですが、戸隠には同じ名字の人たちが多いのです。子供の頃戸隠にある私の祖父の弟さんの家に、何度か遊びに行ったこと... ...続きを見る

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2006/10/06 23:27
山の風景(その3)
そんな訳で私は幼い頃から山と言うものに親しんできました。その中でも自分が通っていた小学校のすぐそばにある、臥竜山という山に最も親しみを感じています。小さな山ですがその麓にある臥竜公園という場所は、日本の桜名所100選に入っていて春になると満開の桜を見ようと大勢の観光客が毎年訪れています。ただその時期を除けばどこにでもある、静かな普通の公園です。また主に茂っている木は松で、これまた日本のどこにでもある山といっしょです。しかしながらこの山にはたくさんの思い出が詰まっており、そういう意味では私にとって... ...続きを見る

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2006/10/05 19:27
山の風景(その2)
私は長野県北部に住んでいるのですが、晴れ渡った日には飛騨山脈をはじめ北アルプスが一望できます。なかでも真冬に見える、ピーンと張り詰めた寒気の中でのその風景は絶景です。長野県北部は長野盆地を中心に広がっています。先日のブログでもお話した通り、平地というものがありません。自然、山の斜面にへばり付いているような畑が多いのです。おまけに土地の土壌が痩せているため一定面積辺りの農業生産性は、はっきり言って低いと言うのが現状です。太平洋戦争末期に中国に出征していたある長野県北部出身の方の陸軍部隊が、食料の補... ...続きを見る

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2006/10/04 20:04
山の風景(その1)
北海道の広い草原の話をしたところで、ふと自分はなぜそのような景色に魅かれるのかを考えたのですが、どうも育った環境がその一因としてあるのではないかと思いました。日本の国土の7割は山で覆われており、いわゆる平野と言われている部分は他の国々に比べて少ない(日本の川を見てある外国人が「まるで滝のようだ」と言ったそうです)ということは、皆さんも良くご存知の通りです。なかでも私は山で囲まれている長野で育ちました。高原という言葉には親しみを感じますが、改めて草原という言葉を意識すると正直、違和感を感じてしまう... ...続きを見る

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2006/10/03 23:46
草原の緑(その7)
先日のブログでお話した通り、道東の工場を離れる時は誠に慌しいものでした。転勤する当日、工場の皆さんにお別れの挨拶をして(こういう場面には慣れていたつもりでしたが、この工場に対する思い入れは想像以上に深かったものであったらしく、やや感傷的になってしまったような気がします)、中標津空港までは工場長自らがハンドルを握って送って頂きました(助手席に座ろうとしたら、何故か後部座席に座れと言われました)。さらには車中、工場長は何も喋りませんでした(普段は本当に良くお小言を頂いていたので妙な気分でした)。その... ...続きを見る

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2006/10/02 22:38
草原の緑(その6)
あれは道東での3月の下旬、雪がようやく消え始めかけた頃だったと思います。工場の近くの温泉(養老牛温泉)で、将棋大会(僻地の工場の良さは、このようなのんびりした部分を持ち合わせているところです)からの帰りのことです。車窓から草原の緑色がポツポツと見えました。その時です、当時の工場長が「今年の原乳(原料の牛乳)の出来は良さそうだ」と思わず呟いたことを憶えています。そうなのです。牧草の出来具合は製品の品質に影響を与える大きな因子なのです。他の流通業と同じく、乳業会社も生産者抜きには語れないのです。毎年... ...続きを見る

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2006/09/29 23:16
草原の緑(その5)
そんなわけでその喫茶店に通って工場に出勤するという、落ち着いた毎日が続いていたのですがある日突然、新工場の立ち上げで仙台へ行くことになりました。6月中旬のことだったのですが、正にこれから道東の自然を満喫できる時期でもあったので(ちなみに桜は5月上旬が見ごろで、お盆を過ぎるともう秋で冬が本当に長いのです)ちょっぴり残念でした。でもその時は悪魔で立ち上げの応援という形で、仙台での仕事が終わればまた帰れるものだと思い込んでいたのです。前も群馬に同じような形で行って帰って来れましたから・・・。しかし今回... ...続きを見る

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2006/09/28 20:38
草原の緑(その4)
道東の工場に勤務していたとき、良く通っていた喫茶店がありました。前の会社では仕事柄転勤が多く、喫茶店のような一息つくことのできる場所を見付けることが習慣のようになっていたのですが、カウンターがありかつ人の出入りの少ない、静かな雰囲気を持つ喫茶店は結局ここだけでした。初めは本を片手にカウンターに座って読み耽っていたのですが、その内そこのマスターとママと言葉を交わすようになりました。何でも喫茶店で本を読んでいる姿に親近感を抱いて下さったそうです。当のマスターもママも本が大好きだったのです。工場に遅番... ...続きを見る

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2006/09/27 20:58
草原の緑(その3)
私が道東で住んでいたところは、西春別というところでした。通勤時は社宅のある小さな町というよりも、集落を抜けて工場に通いました。途中は酪農家が2、3件あるのみで真っ直ぐな道が続いていました。途中で右に曲がると私が勤めていた工場、直進して突き当たると陸上自衛隊の駐屯地があり、この道を通る人たちは殆ど例外なく工場に勤めているか、陸上自衛隊に入っているかのどちらかでした。私は日常的な仕事として工場内を見回り、生産工程に異常がないかを確認していたのですが、その途中巨大なドライヤー(工場では主に脱脂粉乳を製... ...続きを見る

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2006/09/26 20:12
草原の緑(その2)
草原の緑というと、北海道の草原を思い出します。前の会社での最初の赴任地が道東の中標津とう云う所の近くでした。中標津空港が近づいて来た時に下を見下ろしたら、一面針葉樹林でした。一旦は心細くなって来たのですが、空港の近くはこんなものだろうと思い直しました。空港に着くと先輩社員の方が出迎えに来て下さっていました。すぐに赴任する工場に行くのかと思ったのですが、まず中標津市内の車の販売店に連れて行って頂きいたのです。もちろん車は必要だとは聞いていたのですが、それにしてもずいぶん親切な方だと思いました(後で... ...続きを見る

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2006/09/25 21:00
草原の緑(その1)
先日のブログで東北地方の文化は決して後進的ではない、という話をしましたがそのことに関してもう少し話を続けさせて頂きます。例えば馬との暮らし方です。この地域では江戸時代(旧南部藩)に南部曲り家というユニークな住居が多数存在していました。簡単に云うと馬と同じ屋根の下で暮らせる家です。もちろん積雪や寒冷という厳しい気象条件も関連していたのでしょうが、この地域の人たちの馬に対する優しさが現れた一つのかたちであると私は思っています。つまり、馬は人間と共に厳しい農作業を行う仲間のようなものです。その馬と家族... ...続きを見る

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2006/09/23 00:04
けやき並木の街
仙台に定禅寺通りというけやき並木があります。仙台は杜の都と言われていますが、この場所を訪れると納得できます。休日を仙台駅前でぶらぶらして過ごした時には必ずと言って良いほどこの並木道を散歩しました。ちなみに年末にはイルミネーションで彩られます。この通りを青葉城址方面に向かって歩いて行くと、川に面した公園に突き当たります。その公園を通り抜け大きな橋でその川を渡り切ると、まもなく宮城県立美術館に辿り着きます。この美術館を何度か覗いてみたのですが、その度に違うテーマの展示が為されており企画力のある所だと... ...続きを見る

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2006/09/21 20:38
野草(その2)
そういえばこの野草園には水琴窟というものがありました。水琴窟とは大きな甕(かめ)を逆さにしてその底に水を溜め、上から水をポトリポトリと垂らしてその反響音を愉しむものです。今ではすっかりその姿を消し、京都以外の場所ではなかなか出遭えないのではないでしょうか。私はそれまではテレビで見ただけで、実物は見たことはありませんでした。実際に聴くその音は心地良いもので、しばし時の経つのを忘れました。周りに誰も居なかったこともあって、その音を心行くまで堪能することができました。確かに野草の見ごろを完全に逃してし... ...続きを見る

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2006/09/20 20:07
野草(その1)
今朝のニュースで仙台の野草園の萩がちょうど見ごろである、ということが報じられていました。その野草園には1度行ったことがあります。11月中旬とかなり遅い時期に訪れたこともあり、殆どの野草は冬ごもりの準備に入っており、残念ながらその盛りを鑑賞することは出来ませんでした。実はある本でこの野草園について読んだことがあり、機会があれば是非行ってみたいと思っていたのですが、岩手方面へ行くことばかりに気を奪われていて全く忘れてしまっていたのです。その野草園の中にはテレビで放映さていたであろう、一面萩で覆われて... ...続きを見る

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2006/09/19 20:55
山彩
先日のブログの中に出てきた、新花巻駅は東北新幹線の停車駅であるとともに、JR釜石線というローカル線の停車駅でもあります。1時間に1本程度の頻度でディーゼル機関車が走っています。ちなみにこのローカル線は宮沢賢治の”銀河鉄道の夜”のモデルになったことでも知られています。私は新花巻駅で新幹線からこの釜石線に乗り継いで何回か、三陸海岸沖の釜石を訪れたことがあります。仕事の夜勤明けに仙台駅で一杯飲んでから釜石に出かけたことがありました。釜石線に新花巻駅から乗ったのは夕闇が迫っている時間でした。釜石へ行く途... ...続きを見る

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2006/09/18 20:41
紫陽花の坂道(その2)
先日のブログで紫陽花が咲き連なる坂道の話をしましたが、その坂道をずっと下り終わったところに和紙の作り方を、一通り体験できる場所があります。東和町で運営している場所らしいのですが、現役をリタイヤしたおばあさんたち(専業農家を生業とされていたのでしょう)が1人か2人常駐していました。原料は楮という低木の落葉樹で収穫期は11月下旬から4月頃までということなので農閑期に、この辺りの専業農家が副業として和紙を作っていたのでしょう。だからこそ、先程のおばあさんたちが必要とされたのです。体験の仕方は自分の好き... ...続きを見る

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2006/09/15 23:55
紫陽花の坂道(その1)
岩手県に東和町という場所があります。花巻の隣に位置しています。そこには日本最大の毘沙門天立像があるのです。実は私はその仏様の守護神に何故か魅かれるところがあって、訪れてみたいと思っていたのです。戦の神様だそうです。かの戦国時代の武将であり、芸術的としか言いようのない数々の戦を繰り広げた上杉謙信も深く信仰していたとか。さらにこの毘沙門天立像に関して話を続けると平安時代のその昔、坂上田村麻呂(ちなみに、坂上おじゃる丸ではありませんよ)が蝦夷征伐に遠征した折にこの神様を祀った、というのが始まりだそうで... ...続きを見る

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2006/09/14 22:22
緑と川の街(その3)
盛岡市内にもう一つ流れる北上川沿いに、紫陽花が群生している一角があります。その場所を日中は良く通っていたのですが、夜はありませんでした。その日、飲んだ後に何気にその場所を通ってみたのです。川風が涼しかったので、しばらくその場所でボーっとしていたら昼間見たその紫陽花が、たまたま目に入りました。花の盛りは過ぎていましたが夜暗かったせいもあり、それほど気になりませんでした。ほろ酔い加減だったことも加わって、薄暗い街灯に照らし出されたその花たちは、全体的に少し浮き上がっているように見えました。当たり前と... ...続きを見る

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2006/09/13 21:26
川と緑の街(その3)
先日のブログで盛岡市内に中津川という川が流れていると紹介しましたが、その川沿いに”深沢紅子 野の花美術館”という、規模はそれほど大きくありませんが十分に存在感のある、美術館があります。野の花という言葉に魅かれて入ってみました。館内の展示品はもちろん野の花が中心で、華やかさはありませんが凛とした強さを感じる絵でした。今は亡き深沢先生もまた、野の花のそういう一面をキャンパス上に表現したい、と思われていたのではないでしょうか。先生がスケッチしている姿を納めた写真も飾ってあったのですが、花を描くというこ... ...続きを見る

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2006/09/12 21:20

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